2006年01月23日

公家法を編集

どうも〜Kanbunです。

新米ウィキペディアンとして、ま〜編集した記事とかの紹介をしたいとおもいます。

とりあえず今日は公家法の項目を書き加えてみました。

参考文献はほぼ『新体系日本史2 法社会史』(山川出版社)です。まーほかのも軽く参照しましたが。のこりの箇所を書き進めているうちにより豊富な内容を書き込めればと思います。

なお、権門体制論について意図的にふれないようにしました。
とはいえ中世の様々な勢力の交渉の場における実証の積み重ねが政務であるというような見方を述べましたので、権門体制論的な見方を受けていると思われる書き方をしたのも事実です。
権門体制論的な見方は非常に魅力的で有用ですし、鎌倉時代以降の公家社会、ことに義満時代を述べるに当たってはたぶん真っ正面から取り組まなくてはいけないかなぁと思っています。ただ今まで書いた部分も読み直してみるとやや不満が残ります。これからよりよいかたちに書き直せるといいなと思います。

とりあえずこの項目について今日参照したもの、これから参照予定のものを軽く列記しておきます。

今日参照したもの
『新体系日本史2 法社会史』(山川出版社)
『詳説 日本史研究』(山川出版社)
『大学への日本史』(研文書院)
『日本の歴史4 律令国家』(小学館)
『日本の歴史7 院政と平氏』(小学館)
『日本の歴史5 王朝の貴族』(中央公論社)
『日本の歴史6 武士の登場』(中央公論社)

これから参照予定の物
『日本の歴史7 鎌倉幕府』(中央公論社)
『日本中世の非農業民と天皇』(岩波書店)
『室町の王権』(中公新書)
『信長と天皇』(講談社学術文庫)

とくに古代の律令制が多く口頭伝達を主としていたのに対し、中世以後文書行政が逆に進んでいった過程や慣例の定着過程について詳述できればと思っています。
posted by Kanbun at 19:17| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
初めまして。ではなく、比企能員の変でお会いしておりますね(^^;)。[[公家法]]は私も前から気になってたんですが、ご加筆なさると知り非常に期待しております。確かに権門体制論は魅力的に見えるのですが、異論も多いのでウィキペディアで執筆するときの取り扱いに困ってしまいますね。

自分のような素人歴史ファンからしますと、kanbunさんのようにお詳しい方がウィキペディアに参加されるのは非常に嬉しいことです。ご活躍を楽しみにしております。
Posted by shimoxx at 2006年01月23日 22:25
いや〜すみません。
白状しますと、shimoさんのユーザーページ見て公家法気になったんですよ〜。
まーなんていうかそのお騒がせした罪滅ぼしに一個書いてみようかなと思いまして。

権門体制論については、実際参考にする書籍でふれてないものはないってくらい、すでに定着していて実際素人の私じゃ中立な視点っていうのでなかなか書けませんね〜。なのであんまりふれたくないんですが、はやくて鎌倉幕府との関係の時、遅くて足利義満のときまでには軽くふれなくちゃいけなくなりそうだな〜と思います。

内容については、やはり律令法との区別というのを意識したつもりです。shimoさんがそういう意図で項目分離したのだと思いますし。

個々の具体的なところ(検非違使のあたりとか)はじつは正しくない、あるいは中立的でないところもあるかもと心配してるので、院政など軽くふれる程度ですませてみました。後醍醐帝のことを考えますと、院政も天皇家の世襲志向というのに大きく関わってると思うのですが、院政の項目を見てみるとこれについてはあまり触れられていないようですし、院政のほうをさしおいて公家法で詳述できないな〜と思いまして。いまでも結構あやうい気がするので、より目立たないように変えたいと思っています。より広く書籍を参考にして今ある部分を完成させてしまえば、あとは具体的な変遷の叙述だけになりそうですのでそれは比較的簡単かな〜とは思っています。

なにか参考になるご意見いただければうれしいです〜。不満なところがあったらがしがし手を入れちゃってください。そうしてくれるとすごくありがたいです!
Posted by Kanbun at 2006年01月24日 00:17
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